世界遺産の茅葺き屋根を守る
草原の概要
菅沼集落は富山県南西端の山岳地帯、庄川沿いの集落で、川に突き出した舌状台地にあり、三方を川の流れに囲まれている。
五箇山相倉集落と白川郷荻町集落とともに世界遺産に登録されており、単に景観の美しさだけでなく、田畑や雪持林と呼ばれる防雪林、合掌家屋の材料調達の場となる森や茅場といった山村集落を取り巻く環境の素晴らしさが評価されている。
対象となる草原(茅場)は、標高350~600mの、カリヤスを主とした草原で、集落の背後にはブナ・ナラ・トチからなる禁伐林である雪持林があり、その両脇の北向きの斜面に点在している。これは集落内への雪崩を防ぐための土地利用が考えられており、自然とともに暮らす人間の知恵が読み取れる。
今後の展望
高齢化に加え、茅場管理で最も人員を要する茅刈りシーズンと紅葉最盛期の観光繁忙期が重なることから、全世帯が観光業に携わる集落住民が茅刈りを行うことが困難になっている。そのため茅屋根葺替え業者である地元森林組合へ茅場管理を委託している他、近年は企業のCSR 活動や大学との連携によるボランティアの受け入れを積極的に行っている。
しかしながら、茅刈りにはそれなりの熟練が必要であることや、地元森林組合もさらなる増員が困難であるなど、管理人員の確保・養成は引き続き課題となっている。日本の原風景として世界遺産に登録された合掌造り集落を残していくためには、茅場の維持管理が必要不可欠である。幸いにも2020年に「茅採取」がユネスコの無形文化遺産に登録され、文化財の材料としての茅場の大切さが広く認知されるようになってきた。また、屋根材料利用だけでなく、雪囲い、堆肥への活用、山野草や山菜採取など住民の暮らしに根付いた茅場の価値は現代人の生活の質を高めるヒントになると感じている。世界遺産という立地を生かし、今後は多くの人がこの価値を体験できる取り組み等を工夫していきたい。
応募した理由
この草原は、1995年に世界遺産登録された「五箇山菅沼合掌造り集落」の茅場として先祖代々、屋根材としての収穫作業や下草刈り作業などを行い大切に受け継がれてきた。
しかしながら高齢化や社会環境の変化による担い手不足が課題となっており、維持管理が困難になりつつある。
近年は、集落では地元森林組合に茅場管理を委託したり、企業CSRや学生ボランティアを募集し茅場再生活動を試みるなど、茅場を後世に引き継ぐための取り組みを実施してきた。
今回、草原の里100 選に応募することで、あらためて住民や関係者の茅場維持へのモチベーションを高めるとともに、世界遺産の合掌造り家屋を守っていく上で欠かせない茅場の文化財的価値だけでなく、環境保全や生物多様性を担保する価値を多くの人に知ってもらう機会が増え、より一層の茅場の保全活動に対する支援の輪が広がることを期待している。
(応募者:越中五箇山菅沼集落保存顕彰会)
選考委員のコメント
今回選定された草原の里の中では唯一のカリヤスの茅場です。カリヤスの草原は、岐阜県、富山県、長野県の高山地帯を中心に、石川県や新潟県までの豪雪地帯にかつて広く見られたものですが、菅沼は現存するカリヤスの茅場草原として貴重なものと言えます。この草原は、世界遺産合掌造り集落五箇山のひとつ菅沼集落を守る茅場として現在も刈り取り、維持管理が続けられ、利用が継続されています。また茅場は合掌造り集落の背後の山林に立地し、その茅場と合掌造り民家集落が一体となった優れた景観も形作っています。
世界文化遺産「五箇山合掌造り(菅沼集落)」を支える屋根材カリヤス(ススキの仲間で、地域固有の茅材)の生産を目的とする草原(在来植物による草原)で、雪持林に挟まれた立地環境には春に一面のカタクリ群落が見られる貴重な草原でもあります。
茅利用の観点から見ると、集落内での茅(カリヤス)の自給生産・供給と循環的な利用(屋根の古茅は畑のマルチや肥料に使われ、土壌に戻っていく)がなされているという点で、全国に誇るべき「生きた茅場」「エコ循環の里」であり、「草原の里のロールモデル」であると言っても差し支えないでしょう。また、茅場の管理・茅の収穫作業には、地元住民のみならず都市住民や企業団体・大学など外部からの参画も実現しており、新たな「合力」(現代版の「結い」)が芽生えている点も高く評価されます。さらに、集落内には「五箇山民俗館」や塩硝(火薬の原料)の製造過程を展示する「塩硝の館」があり、茅葺きの伝統技術と茅場の維持・再生の取り組みは、これらの地域文化とともに大切に継承されていくものと期待されます。
草原の情報
草原の里 菅沼
所在地 富山県 南砺市
所有者 個人
管理者 森林組合ほか
面 積 1 ha
指定等 県立自然公園、ふるさと文化財の森、世界遺産、ユネスコエコパーク、国指定史跡
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。