背景
かつて日本の暮らしは、草原によって支えられてきました。
茅を使った建築物は縄文時代から使われはじめ、農耕が始まれば、物資の運搬や耕作などの使役を担った草原は、農耕用の牛馬の飼料、茅葺き屋根の材料、ワラビやセンブリなどの食物や薬草など、多くの恵みをもたらしました。また、秋の七草を愛で、盆には草花を備えるなど、豊かな心情や文化も醸成してきました。そして生活に必要な草原を維持するため、利用のルールや、山焼きや野焼きなどの技術が、日本各地で生み出され、引き継がれてきました。
しかし、高度経済成長期以降、草原は国土の1%にまで激減しています。
一方、観光資源としての価値が高く、多くの希少動植物が暮らし、さらには水源涵養や二酸化炭素の固定能力が高いなど、新たな価値が見直されています。また、草原のある里で育まれてきた「過去のものと思われていた」技術や知恵こそが、これからの持続可能な社会を実現するために欠かせないものであることが分かってきました。
全国に残る草原とその里に光を当て、人と自然の関わりの中、「草原の里」で培われてきた知識や技術、人々の想いを共有し、次世代へ受け継ぐため、「草原の里100選」を選定することとしました。
目的:草原の里が持つ価値「共創資産」を引き継ぐ
地域における草原と向き合い方は、地域から草原への働きかけと、草原からのフィードバックの繰り返しによって、経験的に紡がれてきたものです。人と自然との、長年にわたるやり取りにより、地域に蓄積された知識・意識・技術こそが草原の里が持つ価値です。この価値あるものを「共創資産」と捉えました。
各地の草原の里に残る「共創資産」を日本全体で共有し、活用していくことで、次世代に希望のある自然共生型の社会をつくることが「未来に残したい草原の里100選」を選定する目的です。
選考の視点
草原の生態系と、人々が暮らす里との関係性を軸に、以下の観点から選考を行います。
- 草原の自然
- 草原からのめぐみ
- 草原を維持するしくみや、価値を享受するしくみの良さ
- 共生型社会の実現に向けた波及効果(ロールモデルとしての期待)
- 草原に対する思いの強さ
詳しくは審査基準もご覧下さい。
選考委員からのメッセージ
安藤 邦廣(里山建築研究所主宰)
草原は草の実と草の繊維の生産地。森から出た人類はそれを活用することで衣食住を営み、進化を遂げてきました。草を刈り、使うことで草原は再生され、生活が持続されます。草を使うことをやめれば、草原は放置され消えていきます。草の利用の最大は茅葺きです。茅葺きがなくなって草原は消えました。茅葺きが復活すれば草原も甦ります。その循環の輪を続けましょう。衣食住に草原を生かすことは、昔も今も未来も変わらぬ持続的な暮らしの基盤です。
岩井 茂樹(静岡県東伊豆町長・全国草原の里市町村連絡協議会会長)
私たち協議会は、草原保全活動の現状と課題について、より一層議論を深め、活動の連携と交流を図り、広く国民に草原の魅力と公益的役割を発信し草原の利用、保全を核とした地域づくりと地域の活性化を図ることを目的にしております。また、草原の価値を「共創資産」と捉え、次世代に希望ある自然共生型社会の実現に向け「草原の里100選」を推進しています。この事業をきっかっけに、全国の草原の里を活気づけることができればと期待しております。
河野 博子(ジャーナリスト・自然環境研究センター理事)
原っぱは東京にもありました。9月の十五夜の前、ススキを刈りに行った記憶があります。採ってきたツクシが佃煮になって食卓に並んだり、土手で摘んだヨモギから祖母がヨモギ餅を作ってくれたりしたことも思い出されます。かつては江戸川区葛西沖の「水没民地」に生えるアシ、ヨシは重宝されたと聞きました。草地消滅はいまや全国的なトレンド。身の周りにある草や生きものを大切に使う動きを広げてその傾向を止め、暮らしを豊かにしませんか。
高橋 佳孝(一般社団法人 全国草原再生ネットワーク代表理事)
日本の草原の起源は、古くは縄文時代頃にまでさかのぼると言われます。古来より人々が自然に手を入れ、世話をする中で作られてきた、人と自然の共生の産物なのです。そこには、新しい時代の持続可能な社会の礎になり得る「智恵」と「技術」と「文化」が根付いています。この草原の価値を受け継いで、地元で頑張っている、頑張ろうとしている人たちを応援し、勇気づける。そんな「草原の里100選」でありたいと願っています。
長沢 裕(タレント・日本環境教育フォーラム理事)
新鮮な風をうけ、深く呼吸していると、まるでその風が心の中にまで吹き込んできて、心のもやもやを溶かしていくように感じます。草原は私にとって最高の風を感じることが出来る場所であり、疲れた心を優しく包んでくれる癒しスポットです。これからも多くの人がそんな草原のある風景に癒され、そしてそこで育まれてきた地域固有の文化や豊かな生態系がまた次世代へとつながっていくように、私もご参加される皆様と一緒に「草原の里100選」を共に盛り上げ、大切にしていければと思います。
町田 怜子(東京農業大学地域創成科学科准教授)
草原の里100選を通じて、草原に関わったことがなかった人が草原の「ファン」になり、そこから草原保全の「サポータ」が誕生し、子どもたちが草原で思いっきり学び「未来の担い手」となってくれることを願っています。そして、草原の里100選のご応募を通じて、地形条件や社会条件など立場が異なる地域が集まって、草原保全の悩みを共有し、課題解決に向けて知恵を出し合うことで、地域が持つ魅力を活かした「草原自慢」が各地で広がることを期待しています。
湯本 貴和(選考委員長・京都大学霊長類研究所教授/所長)
草原が失われることは、草原性の動植物が絶滅の危機に瀕するだけでなく、草原に関する地域の歴史や文化、人々の記憶や知恵、絆までが失われてしまうことを意味します。「草原の里100選」は、それぞれの地域が草原を生かした地域づくりを競い合い、その輝かしい成果を顕彰する場ではなく、むしろ共通の課題を抱える地域が互いの実践やアイデアを学び合い、共に未来へ進んでいくための仲間探しの場でありたいと思います。
養老 孟司(東京大学名誉教授)
現代人は計算機と同じで、ゼロか一しか許しません。残りはノイズといわれます。自然環境も似たようなもので、住宅地か森かということになって、草原的な環境はどんどんなくなってしまいます。そんな曖昧なもの、いらないよ、どっちかにしてくれ、というわけです。たまにあっても、薬で除草する、草刈り機で刈る。これを「気持ちがいい」と言う人たちです。