大地と海と山と島、「地球」を感じる草原
草原の概要
稲取細野高原は、フィリピン海プレートにのって南の島からやってきた伊豆半島が、100万年前に本州に衝突した後、80万年〜20万年前の噴火によって形成され、三筋山、大峰山の山裾に広がる長さ3km、幅1kmから500m、標高400m〜800mの高原である。ここが2万年以上前に流れ出したと推定される「稲取泥流」と呼ばれる水はけの悪い土石流に覆われたことで、窪地に湿原が形成され、貴重な植物の宝庫となっている。また、後背に大きな山地がないにもかかわらず、草原の各所に湧出があり、大きなものは、地区の水源地となり、河川を形成している。
稲取細野高原の特徴は、海の見える草原であること。細野高原の最高峰である三筋山(標高821m)からの景観は、草原の先に太平洋が広がり、そこに伊豆大島、利島、新島、式根島、神津島、そして運が良ければ、房総半島や三宅島や御蔵島まで望むことができる。また、南には、下田市の爪木崎、釣り人やダイバーの憧れ、神子元島が見渡せる。
山に目を向ければ、南伊豆の低山や伊豆を東西に分ける婆娑羅山や長九郎山などの山々から日本百名山に名を連ねる天城山の万三郎岳、万二郎岳などの峰々へと360度の眺望を楽しむことができる。
稲取細野高原の春は、2月の山焼きから始まる。山焼きで人の背丈ほどあった枯れススキの草原が、高さのない黒い焼野に変わってしまう。その焼野が春の雨に流され、黒味が薄くなった4月頃、ワラビはじめとする山菜が芽吹き、草原は緑を取り戻す。ひと雨ごとに黒い大地から芽を出す山菜が葉を開ききる頃にススキやハギが力強い芽をのばし、黒かった野原は、一気に新緑に包まれる。夏の陽を浴び、風に葉をそよがせた草原には、野草が小さな花をつける。夏の終わりから各所に群生するハギの花が草原を飾り、9月にはススキが穂をつけ、秋の深まりとともに草原は、一面の尾花の原に変わる。
今後の展望
稲取細野高原の自然を未来へ繋げていくためには、防火帯の確保や山焼きは毎年実施していかなければならない。現在は、稲取地区特別財産運営委員会を中心に、稲取4区の住民・消防団・町が協力し実施している状況だが、地域の高齢化や人口減少、農業従事者等の減少により人材の確保に苦慮している。また、経済的負担についても、管理に係る費用が年間約500万円ほどかかることから、財源の確保も大きな課題となっている。
春の山菜狩り、秋の「すすきイベント」などの観光的なイベントを開催し、全国に「知られざる絶景稲取細野高原」をPRしているが、一時的な季節イベントではなく、いつでも楽しめる細野高原を目指していきたいと考える。
茅の利用についても、茅葺き材としての検証を始めている。
細野高原を次世代にどのように継承していくのかも大きな課題である。子どものうちから草原に触れ合ってもらい、草原の価値を知り、知識をつけてもらう取り組みを推進していく。
稲取細野高原をこれまでの入会地としての価値だけでなく、自然と人のかかわりや人が維持してきたことによって自然を身近に感じられる場所として多くの人に知っていただきたい。ここには、草原内から河川の源流となる湧水も複数確認できるほか、伊豆の最高峰である天城山からに海に浮かぶ伊豆七島までを一望でき、その間の大地の成り立ち、営みを実感できる場所でもある。
観光協会を中心に「ハイキングの聖地」としての誘客も始まっているが、この場所を十分に楽しんでもらえるようなハード、ソフトの両面からの態勢が必要と考えている。
また、住民にとっては、当たり前の存在となっている細野高原の価値を「再認識」するために、他地域の草原を管理している団体や草原や里山の保全、活用を図っている団体や個人との交流を積極的に行っていく。
これらの課題を解決していくため、2020年度に、稲取地区特別財産運営委員会を中心に「細野高原を考える会」、また東伊豆町観光協会を中心に「稲取細野高原年間利用委員会」が発足し、今後の細野高原のあり方を検討している。
応募した理由
先人たちは、野山に入り会いし、自然の再生力に帰依することで生活に必要な住居の材料や煮炊きの燃料、作物の肥料、山菜や薬草などを手に入れてきた。伊豆においてもかつては、どこにも草原をはじめとする入会地があった。しかし、戦後の「高度成長」のなかで入会地の重要性は薄れ、現在では、管理されている入会地としての草原は、東伊豆町稲取の細野高原を残すのみとなった。
この稲取においても細野高原で競うように草を刈り、畑に敷き、茅で屋根を葺いた経験を持つ住民は、現役の最後の世代となっている。「細野の山(草原)は、毎年焼くものだ」という強い意志に支えられた時代は、終わろうとし、山焼き(草原の維持)の継続を問う声も聞かれてきた。
しかし、そうして維持されてきた草原がありきたりのものではないのだということを教えてくれたのは、広く町外から細野高原を訪れた人たちだった。私たちが見慣れた風景に「大地や地球を感じる場所」と言ってくれたのだ。これは、私たちにとっては、「細野高原の新たな価値の発見」だった。
今回、草原の里100選に登録することにより、全国に細野高原を知ってもらい、また、全国の草原の現状や課題について共有することにより、草原がもつ価値「共創資産」を再認識し、次世代につなげていきたいと思い応募した。
(応募者:稲取地区特別財産運営委員会)
選考委員のコメント
今も続く活発な火山活動がつくり出すススキ草原の典型的な景観を実体験できます。かつての茅葺き屋根やみかん生産が激減し、施肥や刈り取りも限られていますが、地元特別財産区によって火入れが継続され草原が維持されています。茅葺き職人の協力を得て、茅の生産と利用が再開されました。今後、東日本の文化財保存に活用されることを期待します。
伊豆に残された草原として貴重な草地生態系の場であり、共創資産としての草原の位置づけが明確で印象に残りました。
特別財産区というしっかりとした管理体制のもと、町の観光協会ともタイアップして、外に開けたかたちで草原の多面的価値を発掘していこうとする姿勢が頼もしく思われます。
広大な草原景観と生物多様性が保全されてきたのは、財産区という管理体制、地元住民の熱意と行政支援の賜です。環境省が現在進めている OECM に合致した事例でしょう。
草原の情報
草原の里 稲取地区特別財産運営委員会
所在地 静岡県 東伊豆町
所有者 町内会共同所有、入谷振興会、東伊豆町
管理者 稲取地区特別財産運営委員会、東伊豆町
面 積 125 ha
指定等 県指定天然記念物、世界ジオパーク、日本ジオパーク
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。