冬師湿原

鳥海山と人の活動が織りなすモザイク景観

野焼きから約1カ月経過した5月下旬の冬師湿原 南方に鳥海山を望む

草原の概要

冬師湿原は百名山・鳥海山の北麓、標高400m前後に位置する。一帯は小丘が連続的に連なる流れ山地形(凸凹地形)をしており、その成因は約2,500 年前に発生した鳥海山の山体崩壊(岩なだれ)である。地学的価値から鳥海山・飛島ジオパークの地質サイトになっている。

本湿原は「鳥海山北麓湿地群」として重要湿地(環境省)に選定される湿地帯だが、同時に半自然草原(ススキ草原)でもある。本湿原はかつて存在した冬師村の入会山(通称「冬師山」)で、古くから資源の宝庫として薪・茅・山菜の採取、採草、放牧に利用され草原環境が創出されていた。現在は野焼き(山焼き)によって景観維持されている。その他ハンノキ林、湿原など、多様な植生がモザイク的に入り組む類まれな自然環境を有する。ハンノキ、ヤチダモが混交する湿地林にはミズバショウ、リュウキンカなどの湿原植生が豊富に見られ、一部が秋田県自然環境保全地域に指定されている。さらに、地形を活かして造られたため池が複数あり、ヒツジグサ、ジュンサイ、フトヒルムシロ等の浮葉植物が見られる。ため池の水面に映し出される鳥海山と水鏡の美しさは圧巻である。

流れ山という特異的な地形条件を生み出した山体崩壊などの地球活動と、人の営みによって創出された植生やため池がモザイク的に存在する景観が、冬師湿原の最大の特徴といえる。

ミズバショウとリュウキンカ(4月)

今後の展望

現在、野焼きは地区外からの参加体制はなく、地区住民のみで構成される冬師牧野農業協同組合員のみで作業が実施されている。しかし、冬師地区の世帯数減少に伴い、同組合員は昭和20年代と比べ半数以下となり、作業部隊の高齢化も年々進行している。今後も地区の人口減少・高齢化は進行が予測され、草原環境を将来にわたり継続していくには作業部隊の拡充、担い手の育成が必須である。近い将来、近隣地区への応援要請やボランティアの受け入れ体制を検討したい。

過去には粗大ごみの不法投棄、タバコの不始末による山火事、迷惑駐車などのように、一部の来訪者によるマナー違反があり、今後知名度が上がるとこうした問題が大きくなるのではないかと懸念する声も地区内にはある。観光利用は否定しないが、マナーは大事にして欲しい。

一方で、観光ワラビ園は低価格で提供しており、今後も利用促進を図りたい。冬師湿原はミズバショウや残雪の鳥海山がとても美しく望める自慢の場所で、多くの人に見てもらいたいと思っている。最近は地区外の来訪者から冬師湿原の魅力を語られることもしばしば。私たちにとっては見慣れた景色だったが、観光地としての可能性や多面的価値に気づかされることもあった。今後は少しずつ冬師湿原に興味を持ってくれる方々と交流を重ねながら、地域文化の継承、草原維持の意義について、地区内での共通認識を図るとともに、様々な課題解決のために、地域の行政や団体との連携、ジオパークを活用した取り組みも検討したい。

野焼きに参加する地区住民

応募した理由

冬師湿原は地区住民が何代にもわたって活用・管理してきたが、生活様式の変化などにより、昔とはその管理形態が変わっている。しかし、現在も米作りに必要な水や山菜など、資源の宝庫であり、多くの恵みをもたらしてくれる自然豊かな場所であることに変わりはない。私たちの生活にとって、かけがえのない重要な場所である。四季折々の美しい景色など、ここにしかない魅力がある。先祖代々続けてきたことを、私たちも継承していくという意識がある。今後も草原を維持していきたいと考えている。

一方で地区人口の減少から、将来的にはいつまでこの営みを続けられるかわからない不安を抱えている。現在の環境を維持していくためには、これまでとは違った手法、手段を選択していかなければならない時期を迎えつつある。

本100選への応募・選定を通じて、冬師湿原が抱えている現状を地区内外で共有するとともに、将来像について活発な議論を促進する足掛かりにできればと考えた。

(応募者:)

野焼き中の景観 ハンノキ林が焼き残る

選考委員のコメント

岩井 茂樹
岩井 茂樹

「自然環境保護指導員」を置くなどして生態系の保護保全活動に積極的に取り組んでおり、また、ワラビ農園など草原の利活用にも積極的で草原の保全と活用がなされている点が高く評価されます。。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

広大な面積を有するこの地はジオパークの地質サイトでもあり、背丈の低い草原が維持されるおかげで、私たちは鳥海山の「岩なだれ」の創り上げた凸凹地形の特徴を視覚的に理解することができ、歴史的な地球活動を体感し、学ぶことができます。野焼きで草原を維持する恩恵が多方面にわたることに気づかされます。担い手の育成とともに多様な主体の形成を実現し、年間を通じたさまざまな経済活動を定着・発展させていくことで,草原維持への大きな力となることを期待しています。

町田 怜子
町田 怜子

伝統的な草原管理が継続されており、ぜひ行ってみたい場所です。東北・秋田の草原ということで、東北地方でも草原の里のネットワーク、人的交流がより一層広がることを期待しています。

草原の情報

応募者 冬師牧野農業協同組合
所在地 秋田県 にかほ市
所有者 冬師牧野農業協同組合
管理者 冬師牧野農業協同組合(所有者)、地区集落住民
面 積 260ha
指定等  県指定自然環境保全地域   日本ジオパーク 

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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