開田高原の半自然草地

木曽馬文化がはぐくむ、秋の七草が咲く草地

木曽馬保存施設「木曽馬の里」

草原の概要

開田高原は、近世には木曽馬の主産地で、1955年頃も約700頭の馬が飼育され、5,000haもの草地が広がっていた。馬は主な現金収入源であるとともに火山灰土壌での農業に不可欠な厩肥を生産する上でも重要だった。主な飼料は、夏は生草場から採取した生草、冬は干草山から採取した干草であった。各集落には放牧地があり、春先や秋等には放牧もされていた。夏の厩肥は収穫後の水田に、冬の厩肥は春に畑に投入され、農地と草地は馬を介して有機的に関わっていた。高冷地のため、草地の多くが隔年採草であった。生草場は集落近くの畦畔や平坦地、干草山は日当たりの良い傾斜地に確保されていた。干草山は当年利用の草地と翌年利用の草地に2分され、当年利用の草地では春先に火を入れ、枯草や幼樹の灰で良質なススキやカリヤスを多く育て、9月以降草刈りをした。野焼きは集落毎に行われた。刈草は方言で「ニゴ」と言われる形に積み、約1ヶ月間乾燥させた後、草小屋等に保管された。翌年は、2分された草地のもう一方を同様に利用した。野焼き後には様々な山菜が生育し、春の食卓を賑わすとともに冬の保存食にもなった。8月頃に咲く花は、盆花として盆棚や仏壇に飾られた。

1955年頃から林業や高原野菜の生産が盛んになり、馬は肉用牛に変化し、草地の森林化がすすんだが、火入れは景観保全を目的に集落周辺で続けられ、伝統的干草利用も1戸の牛農家によって続けられた。統計上の草地面積は約5.2ha、伝統的干草山の面積は0.5haである。

地域住民による春先の野焼き

今後の展望

地域住民による野焼き、草地の維持管理、干草づくりの継承、飼葉の利用や堆肥生産、木曽馬の堆肥の利用、さまざまな要素が個々の努力によって繫がっているものの、全体のビジョンを関係者で持ち連携する、とまでは至っていないのが現状である。かつて人と馬と草地のつながりは、農業文化として不文律の共通認識がありサイクルが回っていた。その全体のビジョンを関係者で共有し発信することが課題である。

課題は展望でもある。普通種が希少種となり注目されるように、なくなりかけた文化やサイクルの再構築はそれ自体が価値を生む。木曽馬をアイコンに、木曽馬文化の中で維持されていた草地の自然や循環モデル、人と馬と草地のつながりを可視化し普及啓発する。内外に向けて草地の自然や馬文化の体験の機会を設ける。

それを交流人口の増加、観光プログラムや特産品づくり、景観形成につなげていく。それは、木曽馬の新しい役割、草地の自然の新しい利用でもある。段階を踏みながら昔ながらのつながりを今のつながりとして更新していきたい。

2021年町は「木曽馬保存基本計画」を策定し、木曽馬の里での野草利用、厩肥利用による農産物のブランド化についても触れている。

WEJの調査プログラムを担う木曽馬文化と草地の再生チームは、現在の植生調査を中心とするプログラムを文化と生物多様性の関係性を知るプログラムとして発展させる予定である。

地域では野草給餌や干草づくりなど馬文化体験の提供を要望する声が多い。そこで、ニゴの会では持続的に馬を飼うための知恵と技術が、結果として足元の自然の持続につながっていたことを知る体験会を、採草地での山菜採りや花摘みと合わせ開き始めた。木曽馬文化と草地の自然とのつながりの変化を追体験するメディアとして映像も制作中である。

草地を保全していく上では、伝統的干草山や再生草地の植物相や昆虫相の把握、生物多様性の変化を把握するためのモニタリングも課題である。県環境保全研究所は2022年伝統的干草山の植物目録を作成するため植生調査を開始した。今後はより効率的なモニタリング手法の開発が求められる。

各セクターの取組みにより、開田高原では木曽馬文化と草地の自然環境を活用した持続可能な地域づくりがすすむことが期待される。

高齢者から干草づくりを学ぶ

応募した理由

開田高原では、木曽馬の飼養に関わる草地の伝統的利用の文化(伝統知)が継承されてきた。一方で、当地域の草地は全国的にも希少な多くの植物や昆虫の生息地としても知られる。しかし、人口減少がすすむなか、伝統知の継承は困難になりつつあり、希少種の生息環境も悪化が懸念されるようになった。近年、木曽馬文化と草花が咲く野草地の景観を持続可能な地域づくりに活かし、草地の自然環境も保全しようとする取組みが市民等によって始められるようになった。開田高原の半自然草地の価値を広く知ってもらい、この活動の推進に役立てたい。

(応募者:ニゴと草カッパの会)

干草を木曽馬の里に運ぶ

選考委員のコメント

町田 怜子
町田 怜子

木曽茅や木曽馬文化など草原利用の文化がとても印象に残りました。茅利用も他の地域の好事例になることが期待されました。

湯本 貴和
湯本 貴和

歴史・文化、生物、さらには草原利用の「伝統知」に関する充実した調査に基づき、さまざまな主体の協力によって伝統的干草利用の継承が試みられていることを高く評価したい。とくに移住者が主体で行うユニークな活動に興味が湧きました。

草原の情報

草原の里 木曽町開田高原
所在地 長野県 木曽町
所有者 個人
管理者 所有者個人
面 積 5.2 ha
指定等 県立自然公園、県指定天然記念物(木曽馬)

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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