隠岐郡西ノ島町の草原

日本海に浮かぶ絶海の草原

摩天崖から国賀海岸を望む

草原の概要

西ノ島を含む隠岐諸島は、大陸の一部であった時代、地殻変動による日本海の形成や火山活動による隆起などを経て、約1 万年前に現在の形になった。その後、日本海の荒波と風雨による浸食作用によって、現在のような奇岩怪礁の多い、複雑な地形が生み出された。

島内ではかつて、「牧畑」と呼ばれる伝統的な輪転式農業が行われてきた。島内の土地をいくつかの牧区に区切り、牧区ごとに耕作と放牧を交互に繰り返すことで地力の回復を図りながら作物を効率よく生産する農法である。交通の発達とともに耕作が行われなくなり、放牧にのみ利用されて生まれたのが現在の草原で、今でも公共放牧場として利用され、約1,000 頭の牛馬を支える放牧基盤となっている。

昭和40 年代の離島ブーム以降、西ノ島の主要産業の一つとして位置づけれられる観光業においても草原の存在は重要で、隠岐を代表する名勝地「国賀海岸」の景観を形成する重要な要素となっている。現在の草原は、こうした複雑な地形のうえに発達してきており、自然環境が作り上げた断崖絶壁などの地形と人の営みが作り出した牧歌的な放牧風景があいまった景観を形成している。

隠岐でしか見られないオキタンポポ

今後の展望

西ノ島の草原景観は、日本海の荒波で削られた断崖絶壁の上で、独自の輪転式農業であった牧畑が行われてきたことで作り出された、他に類を見ない草原といえる。草原の管理について、かつては島民全てが草原の利用者であったことから共同管理が行われており、広大な草原が維持されていた。現在では主として畜産農家のみが利用しており、その土地の所有権は民間所有者に帰属するものでありながら、慣例による入会権に基づいた共同利用のみが残っている状況である。草原の管理は、牧畑として共同管理されていた時代の慣例を踏襲して制定された、規程に基づいて、西ノ島町及びJA しまね隠岐どうぜん地区本部が主体となって行っている。島全体に広がる草原は広大であるため、灌木の刈り取りなどの管理が十分にできていない状態で、灌木類の成長が目立つ箇所もある。

また、管理主体が行政に移っていることで、かつては島民自らが当事者として行っていた草原の管理への主体性は薄れ、行政サービスの範疇に収められていることから、草原の規模・機能は縮小していくことが懸念される。

西ノ島町の草原は、畜産業や観光業における基盤であり、これがなくしてはいずれの産業も成り立たない、重要な資源である。特に観光業においては、古くからその特徴的な景観が評価され、多くの旅行者が訪れてきたものであるが、言い換えれば景観面のみが強調されて来たともいえる。草原の魅力は、それだけに留まらず、島民との関わりから生まれた文化的な価値や、歴史的背景、生息する生物の多様性等、多岐にわたるもので、これまで十分に活用されていなかった魅力が多く眠っているものと考える。

草原に生息する動植物についても少しずつ価値が見直され、保護や普及の取り組みが始められつつある。またジオパークや観光産業におけるガイド養成などを中心に次世代の育成も進められ、その中で草原景観の重要性を伝える機会になりつつある。

今後は、草原の維持・管理について理解を深め、その環境を守っていくとともに、新たな魅力を発掘して、観光面や教育面等の地域振興に役立てていきたいと考えている。

定期的な草刈などで景観維持に努める

応募した理由

島根県隠岐郡西ノ島町の広大な草原は、はるか昔に、厳しい環境のなかで生き残るために先人が考案した牧畑という地域に根付いた農法に端を発し、その後の歴史とともに姿を変えつつも脈々と受け継がれてきたものである。それは過去のものではなく、現在の西ノ島町の重要な基幹産業である畜産業・観光業を支える基盤そのもので、地球環境が育んだ大地とそこに暮らした先人たちの知恵が現代においても私たちの生活を支えていると言っても過言ではない。

これまで私たちが草原から時代とともに様々な恩恵を受けてきたように、将来の私たちにとっても何らかの恩恵を受けていくものであるが、一方であまりに身近で、あって当然のものであるがために、その維持・管理の重要性に目を向けられていないと考えられる。

草原の里100選を機会として、草原から受ける恩恵を再確認し、その具体的な利用方法や管理手法、次世代を担う人材の育成など、草原をめぐる課題に取り組む端緒としたい。

(応募者:西ノ島町)

牧畑の伝統を継承する公共放牧場

選考委員のコメント

湯本 貴和
湯本 貴和

隠岐・島前、西ノ島の約7kmにわたる粗面玄武岩の海蝕崖が続く国賀海岸、なかでも垂直に切り立った摩天崖の圧倒的な景観に心打たれない人はいないでしょう。日本離れした、アイルランドのような地形です。しかも、その草原がヨーロッパの三圃式農業にも似た輪転式の「牧畑」とよばれる独特の農業で、限られた地力を維持しながら営まれてきた人々の活動によって形成され、のちに牧として維持されてきた歴史を知ると、一入感慨深いものがあります。この「牧畑」の価値を後世に伝える活動を応援したいです。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

「牧畑」の名残りを残す放牧草原で、海と断崖がセットになった雄大な景観は国立公園、ジオパーク、島嶼観光のいずれにも重要な構成要素です。ガイド育成を中心に若い後継者が育ち、草原の価値を伝える活動が展開されており、これまで希薄だった地元住民や外部との関わりを見直し、草原の魅力の再発見と地域振興へつなげたいという姿勢にも期待がもてます。

草原の情報

草原の里 西ノ島町
所在地 島根県 西ノ島町
所有者 西ノ島町、島根県、民間所有者
管理者 島根県農業協同組合隠岐どうぜん地区本部、所有者以外の行政
面 積 2,296 ha
指定等 国立公園、世界ジオパーク、環境省重要里地里山

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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メディア掲載

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