雲月山

みんなの「思い」を乗せた山焼きが守る草原

火入れを体験する中学生:地元の小学生は防火帯づくりに参加し、火入れは山裾から見学する

草原の概要

雲月山は、波佐陥没体と呼ばれる長径6km・短径4kmのカルデラの、南東側外輪壁の外側に位置する。海抜は740m〜910mであり、安山岩と花崗岩類からなる。山の中腹には等高線沿いにたたら遺構の溝が見られる。草原は全体で54.5haあり、このうち約8haのエリアで火入れが継続されている。

『陰徳太平記(1712)』には「宇津々木多和合戦」や、「千人立」、「遠見所山」の記述が残っているため、少なくともこの時代には草原として利用されていたと推察される。

山焼きが始まった時期は定かではないが、農家での牛の飼育頭数の減少に伴い、1960年代には、山焼きは実施されなくなった。その後、散発的に数回実施されていた山焼きは、1991年に観光イベントとして再開されたが、開催が天候に左右されるため、例年のイベントとして定着せず、1996年を最後に中止となった。

2005年からは、地域住民・都市ボランティア・行政(消防団・博物館)・地元小学校などが連携して山焼きが再開された。

火入れ後の草地に咲く、北広島町の町花ササユリ

今後の展望

2021年の樹木伐採や登山道の整備により、これまで山焼きをしていなかった谷部のエリアでも山焼きができる環境が整いつつある。現在は、4月の山焼き当日に、午前中の防火帯づくり・午後の火入れ、という作業を行っているが、今後は防火帯作りを秋に実施するなどの対応も有効と考える。

山焼きを担う多くのボランティアは、雲月山では、多くの人が気軽に参加できる一方で、火入れに慣れていない人が参加することの危険性を内包している。当日の動きについても、初心者と一緒に参加する経験者の指導に依拠する部分が大きい。今後、山焼きの範囲を拡大することも見据えれば、事前のボランティア講習会などの人材育成についても検討する必要がある。

現時点で、雲月山のゴマシジミは100個体以下にまで減少していると考えられ、きわめて危険な状態にある。産卵場所や幼虫の初期の食草となるワレモコウは多く生育しているが、幼虫が成長するために利用するクシケアリの生息状況を解明し、保護することが必要である。また、保護区に指定された後もチョウ類を採取に訪れる人があるため、現地の見回りを継続するための組織化等が求められる。

利用について、ワラビ、ウド、タラノキなどの山菜は、利用についての明確なルールがない。また、かつてはキキョウの根を集めて梅酢に漬けて食していたという話も残っている。地域の季節食材として山菜を利用できるようにするために、全山の山焼きや年間採取量の制限など、地域の文化として残していきたい。

利用の観点ではまた、2005年の再開後に数年にわたり放牧利用もされたが、仔牛が谷に転落する事故があり、その後は放牧利用は停止した。草の利用や牛道など景観形成要素としても、放牧利用の意向があれば推進したい。

火入れ体験を通じて、次世代への引き継ぎが進む

応募した理由

雲月山の草原は、中国山地に残っている数少ない草原であり、地域住民にとって残したい景観である。生業としての山焼きは一旦途切れたものの、地域住民だけでなく、行政、NPO、都市住民などの多様な主体により保全活動が続けられており、景観だけでなく草原を守るしくみを含めて価値があると考える。草原を思う気持ちや、協働での保全活動のしくみを残しながら広く共有するために、草原の里100選に登録しようと考えた。

雲月山の山焼きは生物多様性の保全が発端となった取り組みだが、ふるさと意識の醸成、子どもたちの学習の場など地域への影響だけでなく、山焼きに参加したボランティアは、他では感じ得ない「一体感」や「雄大さ」、「自然の中での子どもたちの成長」など、多くのものを受け取っている。即物的な資源や経済的な効果も大事だが、山焼きに参加した人たちが共有する「思い」を提供する場としての役割が、雲月山の草原の大きな価値と考える。

(応募者:認定NPO法人西中国山地自然史研究会)

選考委員のコメント

湯本 貴和
湯本 貴和

北広島町からの 4 つの応募書類はどれも興味深いです。なかでも雲月山は、しっかりした専門的な生態学的調査から住民参加の観察会、あるいはさまざまな制度を活用した保全と利用の枠組みづくり、担い手育成事業と、草原の保全と利用に関してひととおりのお手本が揃っています。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

「思い」が叶って、地域住民、行政、ボランティアなど多様な主体の協力で山焼きが復活し、草原の多彩な恩恵を享受している素晴らしい活動だと思いました。地元の子どもたちには生物多様性という視点だけでなく、その背景にある人の営みや歴史も合わせて学ぶ教材として活用されている点も評価されます。小中学生が山焼きの際のいろいろな作業を手伝い、とくに中学生は実際の火入れ作業も体験しているのが画期的で、印象に残りました。将来、大人になった彼らが草原維持の担い手・支え手として戻ってきてくれることを期待しています。

草原の情報

草原の里 芸北
所在地 広島県 北広島町
所有者 北広島町
管理者 所有者以外の団体(雲月山活性化協議会)
面 積 55 ha
指定等 国定公園、町指定野生生物保護区、環境省重要里地里山

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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メディア掲載

「草原の里100選」に島根・大田の三瓶山麓 中国地方は他に6カ所 | 中国新聞デジタル
 美しい草原風景を保全する地域や団体を顕彰する「未来に残したい草原の里100選」に、島根県大田市の三瓶山麓が選ばれた。減少傾向にある草原を次世代に引き継ごうと、全国の24市町村でつくる「全国草原の里市...