八幡湿原群

6,500年の歴史を保存する湿原

初夏の八幡湿原を彩るカキツバタ。植物学者の牧野富太郎は、八幡湿原でこの花をシャツに擦りつけて喜んだ

草原の概要

八幡湿原群は、標高約800mの盆地地帯に形成された、0.7haから35.5haの、大小11の湿原からなる。八幡高原の降雪の深さ合計は600cmに達し、冬の朝にはしばしば気温が-15℃を下回る。

八幡高原は、最終氷期には盆地底が湖となった時代がある。湖底堆積物による不透水層が形成され、一帯が低湿地帯となり、泥炭が形成されはじめたと考えられている。江戸時代の新田開発により、低湿地は水田として開墾されていきたが、当時は湿地と水田との明確な区切りはなく、低湿地の一部に播種するような粗放的な耕作だった。低湿地の環境は昭和中頃まで残されていたが、ほ場整備の結果、低湿地のほとんどが失われた。現在残っている湿原は、山際の斜面や谷出口に限られている。

八幡湿原は過去50年の間にも減少していることが報告されている。集水域内での開発行為が大きな原因であるが、集水域を含む湿原周辺における薪炭林での伐採の停止による水収支の変化も寄与していると考えられている。湿原の周辺部では採草が行われていたことも分かっており、八幡高原では、草原と湿原が一体となって残ってきた。

水口谷湿原のハンノキ林

今後の展望

八幡湿原は2万年にわたる八幡地域の地史と、数千年にわたる自然史を記録したタイムカプセルだ。尾崎谷湿原や長者原湿原などの泥炭が残っている湿原は、一度壊されてしまうと、二度と取り戻すことはできない。その一方で、氾濫原の作用によって作られ、人間活動によって壊された霧ヶ谷湿原では、湿原を取り戻すための再生事業が続けられている。様々なタイプの湿原と、どのように付き合い、どのように守り、そして活用していくのか、ということを考える時、様々なタイプ・履歴を持つ湿原が存在する八幡湿原群は、またとない好材料と考える。

長者原湿原、本坪谷湿原などでは湿原周辺の森林化により湿原面積が縮小しているが、保全活動が追い付いていないのが実情だ。さらに、八幡湿原群に生息しているヒロシマサナエなどの希少な昆虫の密猟対策も喫緊の課題である。

今後も多くの人が湿原を訪れ、自然の素晴らしさを知り、自然に関わることの喜びを享受できるように、それぞれの湿原に適した活動を模索していきたい。

一般の参加者とともに実施する植生モニタリング

応募した理由

八幡湿原群では、1950年代から断続的に様々な調査が行われており、西中国山地自然史研究会の活動が盛んになった1990年代からは、継続的に調査や保全活動が実施されてきた。また八幡湿原群が町の保護区に指定されたことにより、保護の方針が示された。

八幡湿原群のうち霧ヶ谷湿原において、広島県が2005年から「八幡湿原自然再生事業」を実施している。近年は、八幡湿原自然再生協議会内に設置されている保全・調査部会が中心となって保全活動を行っている。

しかし、具体的な保護活動は手探りな部分が多い上に、保全活動を担っているメンバーの高齢化により、この先も継続して保全活動を続ける目途が立っていない。保全を担う次世代の育成が求められている。そこで、草原の里100選に登録していただき、八幡湿原群への社会の関心を広げ、湿原への理解や議論の輪を拡げることで、将来的に保全活動が継続できるようにしたい。

(応募者:認定NPO法人西中国山地自然史研究会)

夏の霧ヶ谷湿原

選考委員のコメント

高橋 佳孝
高橋 佳孝

社会条件の変化の中で多くが失われた低湿地の環境が残され、それぞれが異なる立地や利用管理履歴をもち、また、野生生物保護区に指定されて多種多様な動植物の生息・生育地として保全活動が実施されているなど、貴重性の高い場所だと感じました。調査・研究面でのデータ蓄積や次世代育成が図られており,湿原の価値・機能を多面的にとらえ、幅広い利活用を検討されていることも優れた点だと思います。早くから様々な主体が連携しながら保全してきたことで、現在は地元の学校の学習体験の場として活用され、また市民が自然を学び、親しむための拠点となっています。
「八幡湿原自然再生協議会」を設置して、牧場開発跡地をもとの湿地に再生する事業を実施した結果、地域住民から治水機能(洪水調節機能)の向上を実感する声が上がっているという点は特筆すべきだと思います。自然の生態系を適切に管理すれば災害リスクの軽減に結びつくという観点から、グリーンインフラ、Eco-DRRのモデルとして他地域への波及効果も大きいと期待されますので、引き続き情報発信をお願いします。
湿原周辺の集水域の開発や環境の変化が水収支の変化に影響してきていることが認識されており、周囲の刈取草原や里山の環境と湿地の環境を一体的にどのように維持していくか、人々の関わり合いや管理の大切さも考慮しながら試行錯誤を続けていますので、その成果を見守りたいと思います。

養老 孟司
養老 孟司

八幡高原の湿地帯周辺にまた採集に行きたいと思っています。おそらく未記載のゾウムシがいるに違いないと信じています。

草原の情報

草原の里 芸北
所在地 広島県 北広島町
所有者 広島県、北広島町、地縁団体、個人、企業
管理者 北広島町(所有者)、所有者団体、所有者以外の団体
面 積 79 ha
指定等 国定公園、県指定自然環境保全地域等、町指定野生生物保護区、環境省重要里地里山、にほんの里100選、未来に残したい日本の自然100選

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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メディア掲載

「草原の里100選」に島根・大田の三瓶山麓 中国地方は他に6カ所 | 中国新聞デジタル
 美しい草原風景を保全する地域や団体を顕彰する「未来に残したい草原の里100選」に、島根県大田市の三瓶山麓が選ばれた。減少傾向にある草原を次世代に引き継ごうと、全国の24市町村でつくる「全国草原の里市...