緑いきづく火の神の里
草原の概要
阿蘇市の草原は阿蘇カルデラの中央火口丘北斜面、北外輪山およびその斜面に広がり、季節毎に違った表情を見せてくれる。地元の人々はこの草原を「牧野」と呼び、2021年に実施された阿蘇草原維持再生基礎調査によれば,牧野面積は12,790haに及び, そのうち野焼きが行われている面積が9,740haとなっている。管内には60 の牧野組合があり、主に牛の放牧や採草に利用している。
近年、熊本県と阿蘇7市町村は世界文化遺産登録を目指す活動を展開している。この登録のためには、遺産の範囲が法律で保護されていなければならず、草原や農村景観を文化財保護法に基づく重要文化的景観に登録する作業が進められ、2021年までに市内の5,766haの草原が国の重要文化的景観に選定された。
また、緑の草原に覆われた阿蘇を代表する観光地でもある「米塚及び草千里ヶ浜」は国の名勝および天然記念物に指定されている。
阿蘇を象徴する草原は、牛馬を利用した農業生産と草資源の循環という、この土地ならではの経済・社会の仕組みによって形づくられ、草原の恵みを活かす知恵と技術、文化が育まれてきた。阿蘇の草原は、その規模、質、歴史からみて、世界に誇るべき自然と人間の共生の産物である。
今後の展望
降水量の多い日本では、樹木が生育しやすく、自然草地は一般的に成立しないとされており、阿蘇の草原も人が利用せず管理しなくなれば藪になり、やがて林へと遷移していく。その阿蘇の草原のほとんどが集落ごとに定められた入会地であり、その使用権をもつ入会権者はそれぞれ牧野組合等を組織している。牧野組合等は、採草、放牧などに入会地を利用するとともに、野焼きや輪地切りなどの作業を継続的に行い、草原を維持管理している。
しかし、阿蘇の草原は減少し続けており、その背景には、機械化や化学肥料の普及、茅葺き屋根の減少など農業形態や生活様式の変化、地域からの人口流出・高齢化などの社会・経済的な状況変化が大きく影響している。また、草原の維持管理を支えてきた牧野組合の高齢化や後継者不足が進み,今後一層深刻になることが課題となっている。
阿蘇の草原は、人々の暮らしを支えてきた農畜産業の基盤、草原文化を育む母体、草原特有の多様な生き物のすみか、観光資源、水源涵養、災害防止・抑制、炭素固定などの機能を発揮し、私たちに様々な恵みをもたらしてきた。とくに、近年そのような阿蘇草原の有する多面的な機能に注目が集まっており、様々な研究も進められている。
応募した理由
阿蘇の草原は、世界有数のカルデラを形成した火山活動により森林が発達しにくい環境であったところに、放牧、採草、野焼き(火入れ)などの人々の営みが長い年月の間続けられてきたことによって形成された、野草を主体とする日本最大規模の草原であり、人と自然の「共創資産」として後世に残していく価値が高いと考え,今回応募した。草原100選を契機に,草原の維持保全の活動を一層拡大し、草原の持つ多様な価値を後世に引き継いでいきたいと願っている。
(応募者:阿蘇市)
選考委員のコメント
国立公園や世界ジオパーク、重要文化的景観などの保護制度を用いて、草原と火山と水と共生してきた文化、景観を保全している点が印象に残っています。
言わずと知れた西日本を代表する大草原です。応募書類に書かれた情報は控えめですが、これまで日本の草原景観を保全・利用するオピニオン・リーダーとしての役割を果たしてきたのは間違いないと思います。
阿蘇地域では、太古の昔からの草原の独特な環境を背景に生活を営み、多様な文化を生み出してきました。そういった有形・無形の資産を将来に守り継ぐための手段として世界文化遺産の登録に向けて注力していますが、重要な構成要素である草原に関しては、旧阿蘇郡市の 8市町村を対象に設立された「阿蘇草原再生協議会」の場で維持管理の方針を協議して定め、多様な主体の参画によって広大な草原の保全と利用が進められています。草原再生から地域づくり全体を担う地域主導型の取組みとして評価できるとともに、全国の草原保全活動の参考となると思われます。
そのなかでも阿蘇市は、放牧、採草、野焼きという農的営みによって維持されている草原が壮大な規模(約13,000 ha)で維持され、肉用牛の頭数(約10,000頭)、活動主体・内容の多彩さなど、潜在力・社会的インパクトは群を抜いて大きく、今後も草原保全のトップランナーとして全国の草原維持・保全活動を牽引してほしいと願います。
草原の情報
草原の里 阿蘇市
所在地 熊本県 阿蘇市
所有者 阿蘇市、牧野組合
管理者 阿蘇市(所有者)、所有者団体・個人
面 積 12,790 ha
指定等 国立公園、重要文化的景観、国指定天然記念物、世界ジオパーク、日本ジオパーク、世界農業遺産、環境省重要里地里山、日本百名山
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。