息をのむ波状丘陵の草原景観
草原の概要
南小国の草原の一部は牧野と呼ばれ、2021年の阿蘇草原維持再生基礎調査(熊本県)によれば、南小国町の牧野面積は3,206ha、 そのうち、野焼きが行われている面積が2,625haである。町内には33の牧野組合があり、主に牛の放牧や採草に利用している。
本町は、古くから各集落が草原を維持しながら、小河川沿いの谷筋を林地及び耕作地として一体的に利用してきた、阿蘇の典型的な景観地である。とくに、押戸石から眺める北外輪山の波状丘陵の草原景観は秀逸で、非日常的空間を醸し出しており、空と草の波が連なる広さを実感できる。かつては草刈りの期間中、採草地の近くで野営するために建てる「草泊まり」が多く見られた地域でもあり、町内の草原の一部は、国の重要文化的景観に指定されている。
「阿蘇のあか牛」と称される褐毛和種牛の放牧が盛んで、阿蘇の草原を印象付ける重要な要素となっている。また、草原にはクヌギの小径木が散在し、薪炭やシイタケのほだ木にも利用するなど、複層的な土地利用が伝統的である。
また、本町は筑後川の源流点として、福岡市民・有明海漁民にとって草原のもつ水源涵養力の重要性が再認識されており(環境省の研究プロジェクト成果 )、川下との地域連携・共生を図っていくべき重要な地域と認識されている。`
今後の展望
地域の高齢化や、畜産業の担い手減少に伴い、草原を維持することが難しくなってきた。現在、阿蘇グリーンストックが実施する、野焼き・輪地切り支援ボランティアの活用や、町内の小中学生等に向けた草原環境学習の推進などのサポートを受け、草原の維持に向けた取り組みを行っているが、それでも、各集落等で野焼き面積の減少や取りやめが決断され、少しずつ草原の山林化が進んでいる。
草原を維持するには、牧野組合や集落等による継続的な活動は必須であり、今まで守ってきた方たちの知識と知恵を借りなければ、現状を維持することは難しい。守ってきた方たちの力を借りながら、次世代の担い手育成のための取り組みを新たに展開する必要がある。
しかし、担い手不足は草原維持や有畜農家の減少に限られた課題ではなく、多くの産業の課題となっているため、草原の維持や、草原を生業に利用する担い手の育成のみを考えるのではなく、観光や福祉等の他の分野とも連携し、多方面での担い手の育成や草原の維持に係る関係人口を増やすための取り組みを行っていかなければならないと考える。
課題は多いが、草原は、癒しの場、遊びの場、学びの場などの多くの魅力を持っている。この魅力を十分に周知し、多くの方たちに「美しい草原」を感じていただけるよう、守っていきたい。
応募した理由
阿蘇・南小国町の草原は、1,000年以上もの人々の営みにより育まれてきたもので、私たちの近くに当然のように存在し、当然のように見守られてきた財産である。本町の住民にとって、草原は「帰ってきたと感じることができる故郷の風景」にほかならない。
草原を守っていくことは、義務だけではなく、私たちの故郷を守ることにつながる。草原の里100 選に選定され、今より多くの方たちに草原に興味を持っていただき、そこから新たな関係が生まれればと、期待を込めて今回応募した次第である。`
(応募者:南小国町役場)
選考委員のコメント
南小国町から眺める波状丘陵の草原景観は雄大であり、この草原の中を歩くために地域の皆さんが作られたフットパスも素晴らしく評価しました。この草原景観を地域の観光業、牧野組合、行政が協働で地域資源として活かし、より美しい魅せ方を工夫されている点も評価しました。
古くから草原を維持しながら小河川沿いの谷筋を林地および耕作地として利用してきた地域で、集落から離れた外輪山上に延びる丘陵地に草原が広がり、息をのむような波状草原の眺望やあか牛のいる牧歌的風景、草原由来産品など地域の産物を、観光やアクティビティの取り組みに利活用している点が印象に残りました。また、かつての草原には「草泊まり」が数多く見られたという伝統をもち、草原の歴史・生活文化の伝承に関しても多くの素材が存在する地域だと思います。
現在も放牧、採草、野焼きという農的営みによって維持される草原とその中に点在する湿性地には、国内屈指の多様な動植物が暮らしてしています。一級河川・筑後川の源流域でもある南小国町の草原は、福岡市民・有明海漁民にとって重要な水源涵養域であることから、今後、川下との地域連携・共生を図っていくことが期待されます。
草原の情報
草原の里 阿蘇・南小国町
所在地 熊本県 南小国町
所有者 南小国町、牧野組合等
管理者 阿蘇郡南小国町(所有者)、所有者団体・個人、所有者以外の行政・団体・個人
面 積 3,206 ha
指定等 国立公園、重要文化的景観、世界ジオパーク、日本ジオパーク、世界農業遺産
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。