南阿蘇の湧水群をはぐくむ草原群
草原の概要
阿蘇カルデラ南部の南郷谷は、名水百選に選ばれている湧水群があるなど、水資源の豊かな地域である一方、火山性のため土地が痩せており、耕作地として利用するには、施肥・土壌改良に必要な採草地および牛馬を飼養する放牧地との一体的な利用と管理が不可欠であった。
南阿蘇村の草原は、阿蘇カルデラの中央火口丘南斜面および南外輪山斜面に広がり、季節毎に違った表情を見せてくれる。本村の草原は「牧野(ぼくや)」とも言われ、2021年に実施された阿蘇草原維持再生基礎調査(熊本県)によれば、牧野面積は2,470ha、 そのうち野焼きが行われている面積が1,170haである。村内には23 の牧野組合があり、牛の放牧をしている場所もあれば、野焼きのみ実施している牧野もある。
カルデラ上部に広がる広大な草原は1,000年以上にわたる人々の営みにより育まれたもので、草原(資源)の恩恵を平等に享受するために、上部の草原と陥没カルデラ底部の耕地を結ぶ形で「耕地-集落-森林-草原」という垂直的な土地利用(集落域の配置)が生まれ、自然環境に合わせた地域文化の積み重ねにより阿蘇の文化的景観が形作られてきた。2017年には、本村の北部の草原域が国の重要的文化景観に選定されている。
今後の展望
草原の維持に欠かすことのできない野焼きであるが、高齢化や人手不足により、従来火入れを実施していた場所すべてに火を入れることが困難になり、野焼き面積の縮小や一部中断したところがある。また、野焼き事故の際の責任問題や熊本地震による災害の影響によって、野焼きを中断する牧野が近年増加してきた。そのため、野焼き責任者を村長が担い、地元区長を監督者とする、また、野焼きを届け出制にするなど、野焼き再開の協議や対策を講じて、野焼きの面積は現在増加している状況である。しかしながら、野焼きに従事する人は依然として減少傾向にあり、今後も継続していけるかどうかが課題である。
南阿蘇村の草原は牧野組合員による利用や地元住民の管理によって維持されてきた。今後、継続して維持できるよう、ボランティアの参画や都会・川下の住民からの支援など、各種の対策が講じられていく予定である。
最近、熊本県立大学の島谷教授の研究により、阿蘇地域の草原が樹林より下流地域へ多くの水を供給することを、樹木との「蒸散量」の比較から裏付けられ、草原のもつ水資源涵養力の高さが理論的に解明された。これを契機に、川下住民の参加も含めた草原保全に向けた活動がより活発になることを望んでいる。草原と水源が減少することは、村の重要な観光資源も景観も失うことになる。
「阿蘇の地下水を未来へ」を合言葉に、本村のこの雄大な草原景観が未来永劫続くことを切望しているところだが、そのためには色々な課題を乗り越えていく必要性がある。この課題解決のため、できるところから解消を図っていきたい。
応募した理由
南阿蘇の草原は雄大であり、人々を魅了するその景観は過去から現在まで継続して維持管理されてきた。その管理を担っている各牧野組合は、牛の放牧やそのための草原環境を維持するために、長年、野焼きや放牧地管理に携わってきた。しかし、牧野組合員の減少や高齢化で管理が難しくなってきている現状がある。
この雄大な景観を未来に継続して残したいという思いとともに、この草原の維持が困難になりつつある現状を多くの方に知っていただくために、今回登録しようと考えた。
(応募者:南阿蘇村)
選考委員のコメント
阿蘇地域に特有のカルデラ斜面の草原とカルデラ床の水田・耕地を結ぶ垂直的な土地利用が現在も残っており、草原と水田、伝統的な土地利用の価値を伝えるためにも大切な草原だと思われます。
野焼き・輪地切りの苦労や草原の重要性を日頃より訴えられてきた地域で、熊本地震による被害にも見舞われ、草原とそれを守るコミュニティの維持が一層困難になりつつあるなかで、現在、草原を単に牛の放牧地や良好な景観地としてだけでなく、水源涵養などの公益的機能を発揮する場として地域の理解が進みつつある点は特筆すべきです。このような機能を維持し、川下との共生関係を構築するというストーリーを背景に、地元の心理的負担の大きかった「野焼き責任者」を村長が担い、野焼き作業は許可制から届け出制に変更した点、また企業版ふるさと納税による支援金の募集などの取り組みは独創的で、野焼きが再開するという大きな効果も上げており、同じような問題を抱えている他の地域の参考になります。
草原の情報
草原の里 南阿蘇村
所在地 熊本県 南阿蘇村
所有者 南阿蘇村及び各団体
管理者 所有者団体、所有者以外の行政
面 積 2,470 ha
指定等 国立公園、国定公園、重要文化的景観、世界ジオパーク、日本ジオパーク、環境省重要里地里山、日本百名山、世界農業遺産
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。