玉原湿原

ブナの森に育まれた自然豊かな湿原

初夏の玉原湿原

草原の概要

玉原湿原は、玉原高原の日本海型ブナ林に囲まれ、標高1,180〜1,210mの地域に、総面積約4haの大小5つの湿原が北西から南東方向に並んでいる。中央に位置する最大の湿原は約3haで、泥炭層の深さは約2mあり、形成時期は約5,700年前と推定されている。湿原域は、周辺を森林で囲まれ、北西から南東に向かう緩斜面と、北東から南へ向かう斜面からなり、両斜面が接する境界部分に天然の水路が流れる。湿原の西部には1942年に牧草地にするために掘られた人工の排水路がある。また、湿原周辺の南東側と西側には沢が流れている。湿原全体を総括的にみれば、中間湿原の段階にあると考えられるが、一部高層湿原化している箇所もある。

12月から4月は完全に雪に覆われるが、雪解け後は湿原の花々が次々と開花していき、狭い割に植物相が豊富で、植物群落も変化に富む。東〜北東部にかけては標高約1,300mのブナ平が接し、西側には玉原ダム湖を挟んで尼ヶ禿山を眺望できる。中央の湿原を囲うように木道が設置され、周辺の散策路と合わせ一周約2.2kmの散策コースが整備されている。

ヒオウギアヤメ、ハクサンタイゲキ、ワタスゲ

今後の展望

現在、玉原湿原で生じている課題として、ニホンジカ食害、外来植物の侵入、ラン等貴重な植物の盗掘が挙げられる。このうちニホンジカ食害は放置しておくと、そう遠くない将来に湿原の自然が大きく損なわれる可能性が大きいとの危機感があり、早急な対策が必要と考えている。

玉原湿原では、2010年以前は目撃されなかったニホンジカが増え、2014年頃からは特に湿原のミズバショウに対するニホンジカによる食害が目立ち始め、最近では株の矮小化が著しい。定量的な観測はできていないが、他の湿原植物についても食害を受けている状況である。

食害対策として、湿原中央部のミズバショウのある沢沿いの一部に、2019年から防除ネットを設置した。しかしながら、2021年までの3年間については、何れの年もニホンジカの侵入を許し、結果としてネット内のミズバショウは根茎まで食べ尽くされた。これは、資金や情報の不足から試行錯誤しながらの対策だったことが大きな要因である。2022度は、専門家の助言を受けて設置した結果、ネット内のミズバショウについては食害から守ることができた。しかしながら、ネットの設置にはボランティアによる多大な労力を要する上に湿原へのダメージが大きく、2023年は湿原のネット設置は見送ることとした。

当会としてはミズバショウの保護だけではなく、少なくとも中央部の湿原の周囲約2kmを恒久的なネットで囲うことを当面の目標としている。

当会のメンバーも含め、玉原湿原を深く知るほどに、これからも湿原の環境を守り、自然を未来の世代に残したいという想いを深める人は多い。沼田市にとっても重要な観光資源である玉原湿原を保全することは意義深い。しかし、玉原湿原の保全には当会メンバーなど限られた人だけの活動では力不足である。特に最近では、以前にはなかったシカ食害問題への対応が急務となっており、現状のままでは限界を感じている。今回の選定を機に、外部への働きかけや協力体制の構築を進め、湿原を守る活動の輪を広げていきたい。

シカ防除ネット設置作業

応募した理由

2018年の日経プラスワン、日経新聞が発表した『新緑輝く「森のダム」の絶景 散策したいブナ林10選』では、玉原高原が世界自然遺産の白神山地に次いで2位にランキングされた。選評にはブナ林に囲まれ「小尾瀬」と呼ばれる玉原湿原についても言及されている。

このような豊かな自然の残る玉原では、利根沼田自然を愛する会が1990年から月例自然観察会を実施し、玉原ダムの建設やスキー場建設の際には、先頭に立って玉原の自然を守ってきた歴史がある。

玉原湿原では観光利用者は多いものの、湿原の自然の価値や、そこが抱えている課題については、地元の方々を含めほとんど認識されておらず、環境を保全する行動には繋がっていない。

「未来に残したい草原の里100選」への選定を機に、玉原湿原の魅力や価値が多くの人々に認識され、結果として湿原の環境を守る活動の輪が広がっていくことを期待する。

(応募者:利根沼田自然を愛する会)

ヒオウギアヤメ、ハクサンタイゲキ、ワタスゲ

選考委員のコメント

河野 博子
河野 博子

地域との関わりや利用という観点が弱いことがネックですが、50年前、ダム建設計画時に保全をという声があがり、ダムの堤高が下げられた事実は重いと思います。今後この玉原湿原を維持、保全、活用していくには、地域住民との関係や利用がカギになるでしょう。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

調査や保全活動はしっかりしており、観光・観察・教育の場として活用され、案内人の養成講座など次世代の育成にも努力されています。今後は守られてきた湿性草原を地域全体の資産ととらえ、その価値や大切さ、関わり方を共有し、維持・創造する具体的な活動に地域の多くの人たちが関与し、主体性が導かれるような働きかけが望まれます。「草原の里100選」を起爆剤として、取り組みの展開が図られることを期待しています。

町田 怜子
町田 怜子

観光的価値だけでなく、保全の価値も地域内外に発信したいとう想いを応援したいと思いました。草原と人との関わり、営みを運営・管理に取り込んでいかれることを期待します。

草原の情報

応募者 利根沼田自然を愛する会
所在地 群馬県 沼田市
所有者 国有林
管理者 国有林
面 積 4ha
指定等  水源涵養保安林   レクリエーションの森 

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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