牛馬と風雪が作り上げたシバ草原
草原の概要
大佐渡山地のほぼ中央に位置する、ドンデン山(別称タダラ峰)と呼ばれている一帯の山頂付近をドンデン高原という。千年以上も昔から牛馬の放牧が行われ、その食圧によって刈り込まれた天然シバの草原である。草原の主要部には夏でも枯れないドンデン池、湿地、避難小屋があり、佐渡で唯一といえる高原リゾート、ドンデン高原ロッジが操業している(冬季休館)。かつてはキャンプ場として登山者のみならず島内の小中学生の体験交流の場としてにぎわった。現在でも広く環境学習の場として活用されており、貴重な高山植物の生育地としてトレッキング人気が高い。
標高は900mに満たないが、冬季に卓越する北西風によって、本来であれば1,500m以上でしか見られない亜高山帯の自然草地が維持されている。放牧の中止でススキや低木が侵入し、現在では孤立化、分断化が進んでいる。断続的に出現するザレ場は氷河期に氷の作用で砕かれたと考えられている。避難小屋近くの湿地では凍結坊主と呼ばれる現象が見られるが、これも氷河期から続く自然の営みの一つである。日本列島が大陸から引きはがされたときの、変動の熱によって生じた緑色凝灰岩を由来とする青い粘土質が見られ、高原へ至る登山道の「アオネバ」という地名の由来にもなっている。
今後の展望
牛馬の放牧頭数の減少、数年前の中止により、それまで食圧によって生育が抑えられていたシバが伸び放題になっている。現在は有志による草刈りで維持されているが、低木やススキの侵入が深刻化している。すでにシバ草原の一部はススキ原になっており、トレッキングルートもわかりにくくなってきている。ドンデン池周辺のキャンプ場で使用されていた水源は長年管理されていないため使用出来ない状態で、トイレも封鎖されて久しいためキャンプ場利用者は激減した。牛が去り人が去ったことでドンデン高原に対する関心が薄れ、さらに荒廃が進むという悪循環が懸念される。草原の里100選に選ばれることで、多くの関係者の新たな取り組みを期待している。
幸いなことにドンデン高原を愛する人々は多い。長年にわたって登山道の管理を続けてきた椿、梅津地区の人々や、先祖代々放牧を行っていた相川の酪農家にとっては思い入れの深い場所である。ドンデンファンクラブ、山歩ガイドクラブなどのトレッキングガイド、佐渡トレッキング協議会、佐渡山岳会、サンフロンティア佐渡、佐渡市が協力してドンデン高原を守り続けている。ドンデン高原の花を求めて遠方から訪れる登山者たちの存在も大きい。現在、ドンデン高原における経済活動の中心はドンデン高原ロッジであり、春の花のシーズンが最盛期である。過去、放牧がおこなわれ避難小屋の水場が機能していた時代には、ドンデン池の周辺が活動の中心地であった。夏になるとテント村が出現し、キャンプファイヤーの周りでは子供たちの歌声が星空に響き渡っていた。その頃のような活気あふれるドンデン高原を取り戻すことがわたしたちの夢である。
応募した理由
ドンデン高原とは、人と牛馬と植物と大地の相互作用で形成された環境の中で循環して生まれた“草原の里”である。暮らしや遊びを通じて周辺の動植物と深く積極的にかかわるとき、人もまた自然の一部として大地を含む生態系の循環の中で必要不可欠な存在であることを教えてくれる。
自然と人の営みが維持してきたシバ草原と、日本海の厳しい冬が生み出した風衝地、山稜に存在する神秘的な池、氷河期の痕跡、日本列島が大陸から引きちぎられた時代の記憶が混然一体となったドンデン高原は、未来への貴重な遺産であるとともに佐渡人の原風景のひとつである。かつてドンデン高原がキャンプ場としてにぎわいを見せていたころ、佐渡の子供たちはドンデンを通じて登山の厳しさ、キャンプの楽しさ、自然の中で遊ぶ喜びを学んだ。アフターコロナで自然回帰に注目が集まる今、再びドンデン高原に脚光を当て、人々を呼び戻したいという願いから応募を決めた。
応募文には、ドンデン避難小屋の管理人として、またドンデン高原ロッジの前身である大佐渡ロッジの支配人として、ドンデン高原の維持管理と普及に生涯を捧げられた塚本健二さんの遺稿を、ご家族の協力のもと一部使用させていただいた。その遺志は先見性にあふれ、ドンデンを愛する者にとって今日も変わらぬ想いを代弁するものである。
(応募者:ドンデンの自然を考える会)
選考委員のコメント
放牧が中止され、岐路にあるということは、佐渡の住人から聞いていました。登山者にはドンデン山も高原もよく知られ、保全と利用の復活の可能性はあると思います。
四季折々のドンデン高原の魅力が伝わってきて情景が目に浮かぶようでした。放牧の中止は残念ではありますが、人と草原の営みを語る歴史としてとても価値があると感じました。佐渡は一度訪れた事があり、トキを守るための農業の在り方、その変遷に感動しました。佐渡には自然の中での人の営みにおいて日本のロールモデルとなるような魅力があると思います。草原の里としても応募書類から活気あふれるドンデン高原へ向けての強い思いが伝わってきました。時間はかかるかもしれませんがぜひこの素晴らしい取り組みが益々発展していく事を願います。私もテントを背負って訪れたいと思います。
植物相として特筆すべきものがたくさんある場所で、新潟大学佐渡自然共生科学センターとの共同による調査と利用を期待したいと思います。
草原の情報
応募者 ドンデンの自然を考える会
所在地 新潟県 佐渡市
所有者 新潟県及び佐渡市椿
管理者 民間団体(所有者以外)
面 積 50ha
指定等 国定公園 日本ジオパーク
書籍のご紹介
より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。