中瀬草原

羊の放牧による草原再生

夕陽が沈む直前の「黄金の時間帯」は中瀬草原の美しさが際立つ瞬間

草原の概要

長崎県平戸市にある中瀬草原は玄界灘を見下ろす約8.7haの丘陵地であり、多島海の景観と草原と空がバランスよく見渡せる景勝地である。古くは集落の入会地として維持され、田平町(平戸市に合併)がキャンプ場を開設したが、近年の予算縮減により、維持管理が困難となった。除草頻度が低下したことにより草原が荒れ、樹林化により草原面積そのものが縮小し、海への眺望が十分に確保できていなかった。また、ゴミの放置、駐車場・トイレのオーバーユース、施設の老朽化など、再整備を行うための課題が多かった。 

2019年に長崎県初のP-PFI 制度(公募設置管理制度)による民間の維持管理へ移行にむけた公募が行われ、民間企業である㈱中瀬草原キャンプ場・NPO法人ヤギ・羊ecoプロジェクト協議会や㈱スノーピーク提携によるキャンプ場が2020 年4 月にオープンした。

多くのキャンパーで賑わうほか、地元の学校の遠足、凧揚げ、クロスカントリーの開催などの地元のイベントでも活用される。また、草原内にはドクターヘリのヘリポートもあり、緊急搬送や災害時の避難所としての機能も有している。四季を通じて様々な野生生物も観察でき、ツルの北帰行やフクロウ、ミサゴ等の猛禽類も飛来する。民営化されてから羊の放牧が実施されるようになり、草を食みながら歩き回る羊が牧歌的な景観要素となっている。

週末には多くのキャンパーで賑わう

今後の展望

目指す草原管理の目標として①変わらぬ草原景観の維持による魅力の創出②羊による放牧がもたらす効果の検証③草原の利活用による安定した運営があり、これらの目標を達成することにより、我が国の国土管理を考える上で重要な草原、里山の保全の一助となればと考えている。

循環型草原維持管理の仕組みをどのように確立させるのかが大きな課題である。広大な面積の維持には今以上の羊が必要であるが、近隣の牛舎と連携して草が多い時は牛の飼料、冬季の草が少ない時期は近隣の農家から野菜の残茎をいただくことで飼料コストを抑えている。

一方で、人材の育成も大きな課題である。日本の畜産は放牧より舎飼いを重視する傾向にあり、放牧による繁殖や肥育を行っている地域は少ない。放牧による草原管理には、毒草を見分ける植生学、一団の集団としてまとめあげる動物行動学、蹄耕法による草地管理、緬羊飼育の通年サイクル(毛刈り、繁殖など)の確立のなどの専門的な知識や経験が求められ、国内でこれらを学べる場は少ない。また昭和初期に100万頭以上いた緬羊が、現在1万頭に満たない数にまで減少していることも、小型家畜による除草管理を困難にしている。草原の活用による安定した収益の確保も求められる。

2020年4月より、民間運営のキャンプ場としてリニューアルオープンし、草原の魅力創出に共感した多くのキャンパーが訪れるようになった。草原の魅力を維持するためには地道な維持管理が求められ、一度魅力が損なわれると、来訪者も激減するという悪循環に陥ることを過去の行政管理時代に経験している。私どもが実施する羊の放牧による草原再生は、まだ始まったばかりの試みだが、一定の効果を上げている。キャンプ場の収益を維持管理に充当し、草原の魅力を回復させ、その結果、来訪者が増えるというサイクルが出来上がれば、草原のみならず、各地の荒廃地の維持管理へも応用できる。

NPOと連携した「羊飼い養成講座」での羊の毛刈り

応募した理由

草原の維持管理には地道な作業と、その活用に向けたアイデアが必要であることから、全国的なネットワークによる草原維持管理に向けたノウハウの共有ができることへの期待から応募した。「未来へ残したい草原の里」という理念も、私たちが目指す方針と一致していることが大きな理由である。

中瀬草原は、人口減少・高齢化等の理由により、人の関わりが減ったことにより、維持管理が困難になってきた。生活の一部として維持されてきた草原を、本来持つ美しさへと変貌させる仕組みづくりが、羊を使った循環型維持管理である。草原の里100選に登録されることにより、草原維持に向けた取り組み、活用による収益のアイデアなどを共有し、新しい時代の草原管理のあり方について考えたい。地道な作業が未来に継承され、当地を地域の資源として持続的に管理する責務として認識されることも重要と考えている。

(応募者:株式会社 中瀬草原キャンプ場)

草刈りは羊が1日で食べる量まで

選考委員のコメント

河野 博子
河野 博子

羊の放牧というユニークな取り組みに惹かれます。海、空が広がる景観もすばらしく、 発信力も高そうです。最近のキャンプブームもあり、人気が出ているのでしょうか。行ってみたい場所です。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

古くは集落の入会地として維持された土地に羊の放牧を取り入れ、キャンプ場と併せて新しい活用を模索している事例です。草原管理に羊を使う取り組みは各所で試みられましたが、あまり広がっていません。草原維持に役立つということを科学的に検証することも必要でしょう。新たな草原管理の方法としてうまく成立・定着してくれることを期待しています。

町田 怜子
町田 怜子

海と草原が織りなす素晴らしい風景!ぜひ行ってみたいと思いました。中瀬草原にかか わる皆さんの活動にも感銘を受けました。「草原の里100選」が草原の保全・管理に奮闘されている皆さんの良き情報交換のプラットフォームとなるように、私たちも頑張ります。

湯本 貴和
湯本 貴和

日本の草原管理の歴史を見ると、ずっと同じ用途で草原が維持されることはないので、新しい用途を考えていくことは大事です。羊は面白いと思います。

草原の情報

応募者 株式会社 中瀬草原キャンプ場
所在地 長崎県 平戸市
所有者 平戸市
管理者 平戸市、民間団体(所有者以外)、民間の個人(所有者以外)、その他
面 積 8.7ha
指定等 県立自然公園

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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