阿蘇・小国町の草原

尾根上に広がる伝統的草地景観

山頂部の傾斜草原を歩くあか牛(ひとちいき計画ネット 提供)

草原の概要

山間の平坦部の居住地周辺に狭い耕作地が、斜面上に森林、尾根筋の標高700~1,000mの高台には草原が広がる「耕地・集落・森林・草原」の垂直的土地利用の形態が残り、現在も地元牧野組合を中心に放牧、採草、野焼きという農業の営みによって草原が維持・管理され、草が利用されている。草原にはクヌギの小径木が散在し、薪炭やシイタケ栽培のほだ木に利用されるなど、複層的な土地利用が伝統的であった。また、本町は林業が盛んで、植林地と併存した独自の草原立地やそれらがつくりだす景観にも特徴がある。

阿蘇の草原は牧野と呼ばれ、2021年に実施された阿蘇草原維持再生基礎調査(熊本県)によれば、小国町の牧野面積は618haで、そのうち野焼きが実施される面積は520haである。町内には6つの牧野組合があり、主に牛の放牧や採草に利用している。

東部(涌蓋山麓)の比較的大規模な草原は「阿蘇カルデラの北側に位置する小国郷の北部に広がる採草・放牧に関する景観地」として国の重要文化的景観に指定されており、草原の価値の掘り起こしにも積極的である

また、筑後川の上流域として、福岡市民・有明海漁民にとって草原のもつ水源涵養力の重要性が再認識されており(環境省の研究プロジェクト成果)、川下との地域連携を図っていくべき重要な地域でもある。

ユウスゲの咲く丘

今後の展望

人口の減少および高齢化により、牧野の維持管理で最も重要な野焼きの実施が困難になってきている。中でも、畜産農家の減少は牧野の維持管理に直結しており、畜産農家の離農とともに野焼きが行われなくなった事例もある。その結果、野焼きが行われない→林地化が進む→草原を維持できなくなるといった悪循環が生じ始めている。

また昨今、町内においては太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギー施設の開発等が計画を含め進められており、草原を維持するうえで一つの課題となっている。こうした動きに対しては、草原のもつ畜産業においての役割と景観的な価値を尊重し、景観を損なわない調和のとれた配慮が求められる。2021年10月には、阿蘇の世界文化遺産の登録に向け、国、県、地元市町村が連携して阿蘇地域の良好な景観を保全することを目的に「阿蘇景観保全会議」が発足した。

先人が「業」のために必要な維持管理を施し、今に残る草原は、本町の文化的景観形成における重要なファクターに位置付けられているが、現在もなお、地域住民の協力や畜産農家の不断の努力の賜物であることに変わりはない。また、家畜伝染病への懸念により、関係者以外の入牧を制限しており、観光資源として位置付けることは困難な状況にある。

今回の選定を通じて、美しい草原がなぜ今も存在するのかを考え、存続するための問題と解決策を探るための契機としたい。

早春の野焼き作業の様子

応募した理由

小国町は、九州の山間部に位置し、冬期は気温が低く降雪もある地域である。古くから農林畜産業が盛んで、特に林業は「小国杉」というブランド木材で有名な土地柄でもある。また、冬期は農作物が育ちにくいため、米・杉・牛の複合経営で生計を立てる農業者が多いのが特徴である。

中でも牛は、冬から春は田畑を耕作し、夏から秋は牧野で放牧を行う「夏山冬里方式」で飼養され、農林畜産業になくてはならない家畜であった。そのため、農業者は放牧準備のための春の野焼き、冬場の牛の飼料確保のための採草や椎茸栽培に必要なクヌギの栽培にと牧野をフル活用し、併せて大切に維持管理してきた。このような歴史のもとに今の草原が形成されており、その景観とともに小国町の農林畜産業の歴史を今に伝えており、今後も継承していく必要があることから、今回の草原の里100選に応募した。

(応募者:熊本県小国町)

子牛も一緒に放牧される

選考委員のコメント

町田 怜子
町田 怜子

農林畜産業とつながる草原として、クヌギ林と草原の美しい風景が広がる場所であり高く評価しました。また草原の価値、景観の価値を「阿蘇景観保全会議」で議論しながら、草原を保全する課題やその本質的価値に向き合い、美しい草原を未来に継承するために様々な取組をされている点も評価しました。

高橋 佳孝
高橋 佳孝

「小国杉」のブランド木材生産のために植林が盛んに行われましたが、伝統的土地利用として残されてきた草原とクヌギを活用した農・畜・林の複合形態はとても貴重な存在だと思います。現在も、農畜産業を中心とした草原利用の継続への強い思いをもたれていることに好感を覚えます。その一方で、全国には担い手の育成を広くとらえ、観光や福祉等の幅広い分野とも連携して交流人口を増やそうと試みている事例もあり、今後の草原利用・管理を考える上でヒントになる部分もありそうです。いうまでもなく、草原は開発を受けやすい場所でもあり、開発行為から草原を守るためには行政や地域の合意形成を図ることが重要になってきます。草原の持つ大切な役割と機能(景観、水源涵養、炭素固定、産業基盤、文化など)について地域の理解が進み、開発行為にまさる価値を草原がもつことを地元の皆さんが実感し、共有していかれることを願っています。

草原の情報

草原の里 熊本県小国町
所在地 熊本県 小国町
所有者 小国町ほか
管理者 入会権者
面 積 618 ha
指定等 国立公園、国定公園、世界農業遺産

書籍のご紹介

より詳しい情報は、書籍『未来に残したい日本の草原(未来に残したい草原の里100選運営委員会 編)』をご覧下さい。

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メディア掲載

「草原の里100選」に熊本県内7地域 阿蘇市や産山村など全国最多|熊本日日新聞社